Home->Pilot->よっちの操縦法(航空医学) |
よっちの操縦法
はじめに 230
オリエンテーリング 235
慣熟飛行 240
空中操作 245
離着陸訓練 250
計器飛行 255
編隊飛行 260
航法訓練 (工事中) 265
教育法 270
航空医学 275
低圧訓練 280
目次 4−2 航空医学 4−2−1 低酸素症 HYPOXIA 4−2−2 過呼吸 HYPER VENTILATON 4−2−3 減圧症 DECONPRESSIOH SICKNESS 4−2−4 加速度(G)の影響 4−2−5 空間識失調 DISORIENTAT10N 4−2−6 航空疲労 4−3 飛行の精神および身体に及ばす影響 4−3−1 空酔い AIR SICKNESS 4−3−2 一酸化炭素中毒(CO中毒) 4−3−3 緊急時の心理 4−3−4 航空事故におけるヒューマン・エラー 4−3−5 異常な訓練生の取扱い 4−3−6 飛行適性 4−3−7 アルコールの影響 4−3−8 薬剤の影響 4−2 航空医学 地上で生活する人間は、地上においては、正常な感覚や機能を発揮することができる。 しかし、人間が空を飛ぶとなると、地上とは全く変った生活環境の中に置かれるこどになるので、眼や耳の感覚とか、頭脳や手足の機能にいろんな影響が現われてくる。 地上では無視でさるような身体の変化でも、空間では重要な問題となってくる事がある。 また、空間での特殊な環境の変化は、精神的にも大きなストレスとして作用してくる。 人類がこの地球上に存在して以来、百数十万年の歳月において、人が空間を飛び始めた歴史は、 僅かに3/4世紀でしかない。 人間の身体も精神も、この空間の環境にはまだ殆んど順応していない。 そして医学上の諸問題も、解決されていない分野がたくさんある。 そこでは、気圧の変化、酸素の減少、加速度による重力の変化という自然界の諸開通、航空機 の性能という科学的問題、それに人間の平衡感覚の失調等が、相互に影響し合って、いろいろな 問題が出てくる。 飛行の安全と事故防止のために、操縦教官として知っておかねばならない航空医学の要点を集 約してみたが、これらは訓練生にも理解させるように努めるべきである。 4−2−1低酸素症 HYPOXIA 高空に上昇するにつれて、大気圧は低下し、高度18,000ftで気圧は1/2になる。この気圧低下 に伴って酸素分圧も低下し、18,000ftの高度では、同様に酸素分圧も地上の1/2までに低下する。 吸気中の酸素分圧が、ある程度以下になると、身体各部の組級への酸素供給が不十分となり、 急性の身体的および精神的症状が現われてくる。 地上の大気圧を760mHgとすると、高度33,000ftでは大気圧210mmHgとなり、人体は酸素欠乏 により死亡する。 しかし、大気圧が200mHg程度でも、100%の酸素を吸入しておれば、生存することができる。 酸素20%、窒素80%の地上の空気中では、人体の肺ガス交換の機能は正常である。高空になると、 大気圧の減少によって酸素の肺胞膜通過は少なくなり、大気圧が地上の1/5のところでは、100% 酸素の1/5が体内に吸収されることになる。 高度が更に高くなり、約60,000ft以上になると、大気圧は約40〜50mmHgまで下がり、もはや1 00%酸素を吸っても、人間は生存できない。 同時に、大気圧48血Hgでは、体液が体温で沸騰点に達してしまって、身体は膨張し死亡する。 もっとも、初級訓練機で飛行するのは、10,000ft程度までであり、上に述べたような危険性に 遭遇することはない。しかし高度が高くなれば、低圧、低酸素になるから、肺ガス交換の機能も その分低下する。 1.低酸素症の種類(原因による分類) 低酸素症を、その発生原因によって分類すると、次の3種類となる。いづれの場合も、航空機 の運航上で遭遇する機会の多いものである。 @ 低酸素性低酸素症 通常の飛行で、高度が高いところで起こる酸素分圧の低下による低酸素症 A 循環障害性低酸素症 飛行中の加速度(G)によって起こる血行阻害から生ずる低酸素症 B 中毒性低酸素症 一酸化炭素中毒などによる低酸素症 ここでは、まず@について検討し、のについては後述する。 2.低酸素症の発現する高度 高度の上昇に伴なって酸素分圧と大気庄が低下してくるが、低酸素症の症状の発現は、飛行高 度と低酸素状態にさらされる時間とによって異なる。 低酸素症の発現する高度と時間の関係は、概略表4−5のとおりである。 表4−5 低酸素症の発現高度と時間 高 度 有効意識時間 無関域 0〜10,000ft 代償域 10,000〜15,000ft 30分以上 障害域 15,000〜20,000ft 30分以内 危険域 20,000〜23,000ft 5分以内 @ 無関域 普通の空気呼吸では、10・000ft以下の高度において低酸素症の症状は現われず、従ってこの 空間を無関域という。 しかし、初期の訓練生や、今まで与圧機に乗っていたパイロットが、非与圧機で1週間ほど 8,000〜10,000ftの高度を飛ぶと、地上で偏頭痛を訴えることがある。 なお、夜間飛行においては、5,000ft以上の高度で視力の低下を起こすことがある。 A 代償域 10,000〜15,000ftの高度帯では、呼吸数や脈拍数が増加して酸素不足を補い、低酸素症の発 現を防護する。この高度帯を代償域という。 健康な者であれば、代償域の飛行時間が30分以内であり、かつ機内で筋運動等をしない限り、 酸素不足は代償されて、身体の変調を自覚しない。 しかし、身体の疲労時や二日酔の時などには、視力低下や目のテラツキ、時には視野狭窄等 の症状が現われる事がある。 B 障害域 15,000ft以上になると、酸素不足が代償できなくなって、低酸素症の症状が現われる。このような空間を障害域というが、低酸素症の症状の程度はかなり個人差がある。 自覚症状としては、疲労感、眠け、めまい等があり、他党症状として視力や思考力の著しい 低下が現われる。 この高度帯を飛行するときには、短時間であっても、酸素マスクを着用すべきである。 C 危険域 20,000ft以上の空間では、低酸素による重篤な症状が現われてくる。 まず、チアノーゼが現われ、次にけいれんや意識喪失をきたして、危険な状態となる。 この危険域の高度にも個人差があり、しばらく軽症状で進み、急に意識喪失に陥ることもあ る。自分だけは低酸素症に強いなどと過信してはならない。 なお、酸素マスクによる酸素呼吸(100%酸素の場合)では、高鹿40,000ft以上に上昇しない 限り、低酸素症の症状は現われない。 一般に酸素マスクを着用しないで10,000ft以上の高度に上昇することは、よくない。 最近では、各航空機の飛行規程で、13,000ft以上の高度を飛行する場合には、飛行時間に関係 なく酸素の使用を義務づける例が多くなってきている。 10,000ft以上の無酸素飛行の際に、初期の訓練生等は息苦しさの解消のために、しばしば深呼 吸をしたり、息を早くしたりすることがあるが、これは過呼吸(後述)の原因となる。 3 低酸素症の症状 低酸素症には、3つの特徴がある。 @ 個人差が大きいということ 低酸素症の症状は、個人々々で同一でなく、多様に現われる。また、症状の発現する高度に も個人差がある。 A 苦痛が少ないこと 低酸素症の自覚症状は、苦痛として感じられないことが多い。 従って、ベテラン・パイロットでも低酸素症の恐ろしさを軽視し易い。また、低酸素症の経 験者でも、生命の危険性に気づかず、次の機会にはもっと高い所を飛んでも大丈夫という誤っ た過信をすることがある。 B まず、脳がやられる 人体の器官の中で、酸素不足に最も弱いものは、脳である。 酸素分圧の低下で、まず、大脳の機能が障害され、思考力、記憶力、判断力等が低下する。 そのため反応の鈍化や手順のミス、計算の誤まり等が起こってくる。 初期の訓練生では、8000ft程度で思考力や記憶力が低下する兆候がみられる。 (1)低酸素症の自覚症状 @ 熱感、顔のほてり A 頭の疲労感 頭がボーツとする。眠い B 身体の倦怠感 身体がだるい。動くのがおっくう。 C 視力の低下 眼がかすむ。小さいものが見えにくい。 (2)低酸素症の他覚症状 @ チアノーゼ 唇、爪の色が紫色になる。 高空に上昇する時には、飛行手袋をはずして、爪の色を観察できるように心がける。パイロット2名の場合は、唇の変色に早く気づいた方がアドバイスする。 A 知能活動の低下 計算力、判断力の低下 教官は、初期の訓練生の知能低下に常に注意しておく。 B 注意力の低下 注意配分が低下して、一点集中の傾向が現われたり、諸元の保持がルーズになったりする。 C 意識の混濁 意識がもうろうとなり、刺激に村する反応時間が延長してくる。教官の呼びかけに村して、訓練生のうなづき等がみられなくなる。 D 呼吸、心機能の異常 急に呼吸が早くなったり、肩で息をつきはじめたりする。訓練生の体調によっては、13,000ft程度で、そのような兆候がでる。 これ以上の高度では、けいれんを起こしたり、意識を喪失したりする。 通常の操縦教育では、訓練生よりも教官の方が低酸素症にかかりにくいと思われている。しか し、これは間違いである。初期の航法訓練などで、教官の方が先に低酸素症に陥ったような場合 には、危険な事態になる可能性もある。 低酸素症のどんな小さな症状でも、それを見逃すことなく注意して、もし症状が現われたなら、 まず速やかに10,000ft以下に降下する。 4 有効意識時間 低酸素状態になってから、意識混濁の兆候が現われるまでの時間を、有効意識時間という。こ の有効意識時間は、温度に影響され(温度が高いほど悪影響)、また個人の体調などによって異 なるが、基本的には酸素分圧によって決まる。 健康体における飛行高度と有効意識時間の関係は表4−6のとおりである。 二日酔のときは、有効意識時間が短くなる。また機内で喫煙することも有効意識時間を短くす る。 表4−6 有効意識時間 飛行高度 有効意識時間 22,000ft 5〜10分 25,000ft 2〜 3分 28,000ft l分30秒 30,000ft l分15秒 酸素装置を使用している場合、または与圧機であっても、それらの故障や洩れに対して、常に 注意を払っておく。装置の故障などの場合には、当該高度にとどまって故障原因の究明や修復を 行なうべきでなく、まず低い高度まで降下する。 5 低酸素に対する防護 基本的には、代償域以上の高度には上昇しないように留意する。 参考までに、代償域以上に上昇できる性能を有する単発機の例を表4-7のとおり掲げてみる。 表4−7 単発機の上昇性能 機 種 実用上昇限度(ft) セスナ T210K〜L 28,500 セスナ TU206 26,300 セスナ 207 24,200 ビーチ E33 17,800 セスナ P206C 14,800 セスナ175 15,900 パイバー PA28 14,300 FA200−180 13,600 セスナ172D〜H 13,000 セスナ150G〜J 12,650 低酸素症の発現を防止するためには、酸素吸入を行なう。通常、10,000ft以上を飛行する場合 は、酸素吸入をした方がよい。特に夜間飛行においては、夜間視力の低下を防ぐために、5,000 ft以上では酸素マスクを使用した方が安全である。 なお、代償域以下の高度で酸素吸入を行なう場合、50%酸素で十分である。障害域以上では100%酸素を使用することが望ましい。酸素の使用中は、火災防止の見地から禁煙とする。 4−2−2 過呼吸 HYPER VENTILATON 過呼吸とは、飛行中の低酸素条件と、情緒的興奮が重なったようなとき、呼吸量が増加するこ とによって、血中の炭酸ガス(CO2)が排出されるために起こる低炭酸ガス症をいう。 一般的に過呼吸は、情緒的に興奮すると起こる。また、高高度の低酸素環境下では、代償的に 呼吸量が増加する。これによって、酸素の肺胞膜通過量は増加するが、同時にガス交換作用時に おいて、多量の炭酸ガスを失うことになる。 1.過呼吸の兆候 血中の炭酸ガス濃度が低下すると、脳の血液循環量が減少して、頭痛やめまいを起こし、症状 がさらに進むと視力が低下したり、手足がこわばり、または指の動きが悪くなったりする。 このような症状が起こると、反射的に益々息づかいが荒くなり過呼吸を促進し、症状の悪化を もたらす。 今ここを読んでいる諸君、試しに呼吸を激しく20秒程度続けてみてもらいたい。そして平常な 呼吸に戻すと、たちまち頭がボーツとした感じになるのを体験されるであろう。これが過呼吸の 1つの症状である。地上において、こうなるのだから、低酸素環境下では更に症状が顕著に現わ れる。 また、風船を一気に膨らませたり、浮き袋に口で空気を吹き込んだりしたときにも、やはり頭 がボーツとして、目の前に星がちらついたりすることがある。このような経験は誰もが持ってい る。 つまり過呼吸は、低酸素症の現われるような高度帯である必要はなく、10,000ft以下の高酸素 環境下でも起こるものである。 もっとも、低酸素環境下で、過呼吸の状態に陥れば、かなり危険なことがある。 10,000ft程度を酸素装置なしで飛行中に、教官がひっきりなしに訓練生に注意を与えるような 行為をすると、教官は知らず知らずのうちに過呼吸の状態に陥っていく。一方の訓練生も、注意 されることで興奮状態となり、同じように過呼吸に陥る。 また、平常な飛行中に、突然エンジン故障などの緊急状態となると、同じくパイロットは過呼吸になる。この場合、心拍数も増加して、過換気の状態になっており、この緊張が続いた数分の 間に過呼吸の症状が現われる。これによって冷静さを失ない、誤判断、誤操作を誘発する可能性 もある。 過呼吸については、ふだんの操縦教育において余り重視されないが、以上のような観点から、 教官、訓練生ともに注意すべき症状である。 2.過呼吸に村する処置 過呼吸の兆候が現われた時には、感情を冷静に保つと同時に、呼吸の回数と呼吸量を少なくす るように努める。呼吸を平常に近い状態に調節しておけば、過呼吸の症状は短時間のうちに消失 する。 過呼吸と低酸素症が同時に発症することがある。どちらも初期の兆候が似ているので、自分で 判断できない事が多い。まず呼吸の速さと探さに注意して、正常の呼吸状態に調節し、次に酸素 装置があれば、酸素吸入を行なう。また酸素装置なしで、10,000フィート以上を飛行している時 には、なるべく低い高度まで降下する。 4−2−3 減圧症 DECONPRESSIOH SICKNESS 1気圧という大気圧の中で生活している人間は、異常な低気圧にさらされると、いろんな影響 を受ける。これは、一定の環境下にいたものが急激な減圧によって、身体の内庄と大気の外圧と の平衡関係を乱されるために起こる症状であって、減圧症と総称される。 1.高度と減圧症 標準大気の場合に、高度と気圧、温度、密度の関係は次の表のようになる(表4−8)。 表4−8 標準大気の高度変化 高 度 気 圧 気 温 密 度 m ft mb mHg ℃ Kgm−3 0 0 1013.25 760 15 1.225 1,500 5,000 845.5 634.2 5.25 1.058 3,000 10,000 701 525.9 −4.5 0.909 5,500 18,000 505 378.8 −20.75 0.697 9,100 30,000 302..8 227.2 − 44.1 0.461 11,000 36,000 226.3 169.7 − 56.5 0.364 地上気圧に村して、高度10,000ftでは3/4気圧、高度18,外ftで1/2気圧、高度36,000ftで 1/4気圧となる。 一般に短かい時間内に大きな気圧低下が起こると、減圧症の症状が現われやすい。この症状の 頻度や重症度は、年令や訓練の程度によって異なる。 通常の航空機の上昇に伴なう大気庄の減少によって、重度の減圧症にかかることはない(この 重度の減圧症を急性減圧症という…後述)。しかし気圧の低下による耳痛、副鼻膵痛、腹痛、歯 痛の起こる可能性は高く、広義の減圧症の症状に含むことができる。 @ 耳閉塞 EARBLOCK 上昇中に外気庄が低下すると、中耳艦内のガスが膨張して鼓膜を圧迫する。これによって耳の閉塞感が起こり、また聴力が低下してくる。 通常の健康体では、さらに上昇してガスの内庄が高まると、耳管が開いてガスが外部に洩れる。この自然通気によって、症状は一応改善される(図4−2参照)。 図4−2 耳の構造(耳石・三半規管と耳管) しかし、感冒や鼻炎などで耳管に炎症がある場合には、耳管が狭くなってガスが抜けなくなる。こうなると、上昇するほどガスが膨張するので、鼓膜の圧迫はさらに強くなって耳痛 が始まり、そして聴力低下も著しくなってくる。 また耳管の炎症のために閉塞が起こると、航空機による上昇降下を繰返すうちに、航空性 中耳炎を併発することがあるので注意しなくてはならない。 逆に降下中にも、同じような耳閉塞や耳痛が起こることがある。これは降下に伴い外気圧が 増加するのに村して、中耳胚内が相対的に陰圧になるためであり、鼓膜は内側に陥凹する。 この場合、自然通気は起こらないので、次の処置により通気を試みる。 降下中の耳痛の処置 (a)嚥下運動 唾液を飲みこんだり、欠伸をする。嚥下運動により耳管の周囲の筋肉が働いて耳管が開き、 ガスが通りやすくなる。 (b)バルザルバの方法 指で鼻をつまんで鼻孔を閉じ、そして鼻をかむ要領で鼻の中に息を吐きだす。 これをバルザルバ法といい、これによって鼻腔内庄が高まり、耳管が押し開かれて通気する ことができる。 (c)再上昇 降下中、(b)の方法でも通気できなければ、降下をやめる。 耳痛が強いときは再上昇する。状況によっては、元の高度以上に上昇しなければならない場 合もある。そして、内外圧差を少なくして通気を試みる。 次に、できるだけ小さい降下率(300ft/min程度)で降下する。降下中、3,000ft付近で最 も耳管閉塞が起こりやすいので、この高度帯の通過は、特に降下率を小さくするのがよい。 A 副鼻腔痛 顔面の骨には数個の空洞があって、その出口は鼻脛に通じている。このような空洞を副鼻腔 という。 副鼻腔と鼻腔の間の小さな通路が、感冒や副鼻腔炎(蓄膿症)で狭くなると、高度の上昇に 伴う気圧低下により副鼻艦内のガスが膨張し、疼痛が起こる。 この痛みは前頭部、眼の上下、鼻の奥の方などに感じる。 B 腹痛 胃や腸の中には、食物と一緒に飲みこんだ空気や、食物残滓から発生したガスが溜っている。 このガスは、高度の上昇に伴って膨張する。 胃腸の過敏な人や、便泌、下痢の人などは、この消化管内のガスの膨張による圧迫によって、 腹痛を訴えることがある。 C 歯痛 むし歯や歯根部にあるガスが高度の上昇によって膨張し、歯の神経を圧迫すると、歯痛を起 こすことがある。 特に、むし歯の治療をしたあとは、注意した方がよい。歯を穿った後にアマルガムを詰めた ような場合、歯の中には空気が密閉されており、外に抜けだせない。この状態で上空へ上がる と、7000ft付近で膨張した空気が直接神経を刺激し、激痛を起こすことがある。 2.急性減圧症 常圧下における空気中の窒素、酸素、炭酸ガス等は、体内の血液や体液の中に溶けこんでおり、液体として存在している。 これらのガスは、外気の圧力が低下してくると、体内で再び気体となって組織から血液に入り、 さらに肺胞膜を通じたガス交換作用で呼気となって体外へ排出される。 しかし、減圧が急激で短時間に起こった場合には、気化したガスが排出しされずに体内に残り、 気泡を作ることがある。これらの気泡は減圧でさらに成長し、周囲の組織を圧迫したり、血管の 中で栓塞を起こしたりする。これによって現われる疾患を、急性減圧症という。 この急性減圧症(または急減圧症)は、小型機の急上昇による高度獲得での気圧低下位では発 現しない。 これが起こるのは、例えば25,000ft以上の高高度を飛行する与圧機で、与圧装置の突然の故障 や、窓方ラスの破損、扉の脱落等によって、急激な気圧の低下が起こったような場合に、急減圧症が発生する。 急減圧症と同じ態様のものとして、潜水病がある。海に潜水して浮上した場合とか、潜函作業 後に海上に出たりすると、復帰減圧によって急性減圧症と同様に潜水病、または潜函病が発現する。この潜水作業が、航空業務と結びついた場合に、急減圧症の症状が起こりやすい。 例えば、スキユーバー・ダイビング(SCUBA DIVING アクアラング装置による潜水)による数 時間の潜水をしたあとで、すぐに航空横に乗ると、急性減圧症の症状を起こすことがある。 スキユーバー・ダイビングによる潜水の探さと時間が長いほど、体内に多量の窒素ガスが吸収 されており、これが非与圧機で、高度、10,000ft程度の飛行をした場合には、体内で気化膨張して、関節痛を起こしたり、呼吸困難の状悪になったりする。旅客機でも、機内与庄高度が8,000 〜10,000フイートなら、同様に急性減圧症にかかる危険性がある。 従って、スキユーバー・ダイビングのあとは、少なくとも24時間は、航空機に乗ることを避け なければならない。 急性減圧症の症状 @ 皮膚症状 皮膚の灼熱感と、うづくような掻痒感がある。そして、皮膚に丘疹やまだらな班点が現われ る。 A 中枢神経症状 血管内に発生した気泡が、脳血管に入って栓塞を起こすと、めまいや、聴力、視力の障害が 現われてくる。 また、手足の運動麻痺や知覚麻痺を起こすこともある。このような麻痺症状は、後遺症をの こすことが多い。 B 呼吸、循環障害 この症状をチョーク(CHOKES)ともいう。胸がつまったような感じがして、胸部痛を伴う。 そして、呼吸困難になったり、激しく咳をすることもある。 C 関節、筋肉痛 この症状をペンズ(BENDS)ともいう。急減圧によって、窒素ガスが膨張するために、関節 や筋肉が激しく痛む。場合によっては、手足が伸びなくなり、曲げたままになることもある。 関節痛は、特に肩あるいは膝関節に起こることが多い。 急性減圧症で、神経麻痺が現われたり、チョークやベンズが起こった場合には、その後で急に 血圧が下降して、危険な状態に進むことがある。 急性減圧症の症状が現われた場合には、早く高度を下げて、最寄りの飛行場へ着陸し、なるべ く速やかに医師の診察を受ける。 4−2−4 加速度(G)の影響 加速度は一定の時間内における速度の変化の割合であり、物体が静止していれば1Gが作用し いる。物体の運動によって加速度が変化し、それはプラスおよびマイナスに働く。 このよう な加速度の変化によって、空酔いや平衡障害がひき起こされるが、これらの症状を総称して加速 度病という。 航空機が空間を飛行する場合には、加速度は運動のあらゆる方向に作用し、パイロットは他の 乗物とは比較できないほどの加速度を受ける。 この加速度の負荷によって、身体の各部分は1Gの数倍の力を安け、運動機能をはじめとする いろいろな機能障害が現われる。 我々の身体は、ある程度のGに村して耐えることができるが、これを人体の耐G性とよんでい る。 @ 2G まず2Gの加速度が作用した場合には、身体が座席にめりこむような感じで、また腕を水平 に保持するためにかなりの努力を要する。 Gの値は荷重倍数nに等しいから、n=1/cosβ(βはバンク角)の式から旋回中のGの値 を求められる。つまり、バンク60°のときn=2となり、2Gを体験することができる。ただし、これは垂直の加速度でしかない。 A 3G 3Gでは、腕を水平に保つのが歯難となる。頼が下方に垂れ下がり、瞼を開けているのに抵抗を感ずる。 バンク700の旋回で、n=1/cos700=1/0・342=3Gとなる。 B 4〜5G 4Gで腕、指の運動はさらに疎雑になり、5Gで腕の作業は極めて難しくなってくる。 足の運動も障害されて、作業量は1Gのときの50%以下に下がる。 スペースシャトル打上げの時のGが5Gといわれる。 C 6G 一般に6Gが人間の耐えられる限界といわれ、6Gでは頭を真直ぐに保持したり、手をあげ たりすることができなくなる。 1 加速度の循環機能などに及ぼす影響 身体が大きなGを受けると、まず循環機能が直接的な影響をうける。 今までは、プラスのGについて述べたが、これとは反対にマイナスのGについても考えなけれ ばならない。 マイナスのGは、身体ばかりでなく、航空機の機体の強度へも悪影響を与えるので、プラスの Gの約1/3程度に制限されているのが一般的である。ふつう、マイナス2Gで身体が浮きあがり、 手足の機能も低下するので、これ以上のマイナスのGをかけることは危険である。 プラスのGによって、脳への循環血液量が減少する。そのために、脳の低酸素状態を招き、代償的に心拍数の増加と血圧の上昇が起こってくる。 マイナスのGでは、これとは逆の効果が起こり、血流は上半身に集中することになる。 プラ スGとマイナスGの中間であるゼロGでは、物や身体に作用する力がなくなるので、浮遊状態と なり、心臓の負担が軽くなる。 @ グレイ・アウト プラスGが身体に作用すると、血流は下半身に集中する。これによって、脳血流が減少し、その障害はまず眼に現われる。 グレイ・アウトとは、網膜の血流不足による視機能低下の現象をいう。Gの値は個人差があるが、約3.5〜4.5Gで視野の周辺部から光を感ずることができなくなり、全体的にあたりが暗くなり、最終的に視野狭窄を起こす。 視野狭窄の状態では、正面の狭い範囲の物だけしか見えず、まわりは暗い。 A ブラック・アウト グレイ・アウトの次にくる段階がブラック・アウトであり、ものが見えない真っ暗な状態をいう。 グレイ・アウトが起こったGを、さらに4.5〜5.5Gまで増加させると、益々血流は下半身に集中する。この結果、眼球への血流が停止して網膜は働かなくなる。視野狭窄の状態から、更に進んで真っ暗で何も見えなくなってしまう。 戦斗機などでは、耐G性を高めるために特殊なGスーツという着衣によって、身体を保護している。Gスーツを着用していると、耐G性が1〜2Gよくなるから、ブラック・アウトの状態をある程度回避できる。 B 意識喪失 更にプラスGが強くなると、身体にかかる荷重も大さくなり、横隔膜や、胸腹部の内蔵が下に引っぱられて、呼吸が苦しくなってくる。 約6Gで脳血流が顕著に減少し、脳細胞に対する酸素供給が阻害されて意識を失う。ブラック・アウトの状態では辛うじて航空機の操縦が可能であるが、意識を喪失すると操縦は不可能となる。 意識喪失の時間が長いと、あとに脳機能の障害を起こすことがある。 C レッド・アウト 飛行中にマイナスのGをかけると、血流は上半身に流れやすくなる。 例えば、上昇飛行から急激なレベルオフをしたり、水平飛行から急降下すると、一時的にマイナスのGがかかる。このような一時的なマイナスGでは、体がフワーと浮くような感じがするだけである。 しかし逆宙返りのような操作では、持続的なマイナスGを受けるる。これによって、網膜には 多量の血液が流れて、プラック・アウトの反対の現象として、視野全体が赤く見えるレッド・ アウトを起こすことがある。 マイナスGが持続すると、レッド・アウトばかりでなく、眼球結膜の充血や溢血、頭痛、耳 なり等の症状を呈する。 2.加速度の平衡機能などに及ぼす影響 耳の奥にある内耳には、耳石と三半規管がある。 耳石は炭酸カルシュウムの粒でできており、この粒の動さによって、地球の重力方向と、直線加速度の大きさを知る。次に、三半規管で、ピッチ、バンク(ローリング)、ヨーの変化を知る。 これは、三半規管の中のリンパ液と平衡毛(筆の穂先のように生えている毛)の動きで、回転感 覚を知るのであるが、角加速度の強さによって動きが異なる。 耳石と三半規管の動きは、神経細胞を通じて脳に伝達され、姿勢の判断をすることができる。 従って、視覚情報がなくても、耳石と三半規管によって、正しい姿勢を維持することができる。 しかし、これは重力の方向が地球の中心に向っている時の話であり、外景が見えない場合には、 加速度の影響で重力の方向を間違えるという錯覚を起こす。 向転感覚についても、等速でバンク一定の旋回を続けると、リンパ液と平衡毛の動きが止まり、 外景が見えなければ、回転していないような錯覚に陥る。ピッチやヨーについても同じである。 特にこれらの錯覚は計器飛行で発生しやすい。 例えば、飛行機が水平線に対して一定のバンクをとっているとき、重力と遠心力の合力の方向 を、重力と間違えることがある。 または、宙返りの頂点で頭が逆さになっているのに、足の方向(空の方向)を重力の方向と勘違いすることもある。 たとえ、外景が見えていても、加速度による錯覚に入ると、視覚情報よりも錯覚による自分の感覚情報の方を優先させてしまって、平衡感覚を失うことがある。このことは、空間識失調(後 述)の問題としてとり上げられるが、内耳の前庭という器官に、重力の方向と加速度の方向を区別する能力がないことに起因する。 加速度によって、平衡感覚を乱されることを防止するためには、繰返して完全な計器飛行の訓練を実施しなければならない。そして、「自分が現在感じている姿勢は、錯覚による正しくないものである」ということを、飛行計器から得られる視覚情報によって、判断することができる能力を養うことが必要である。 4−2−5 空間識失調 DISORIENTAT10N 空間識とは、空間の中で自己の姿勢や方向を知ること。これは主として、視覚情報、平衡感覚情報、体性感覚情報から形成される諸情報を、理性的に判断することによって認識される。 空間誠実調とは、空間識の生理的異常の状態をいうのではなく、正常な感覚機能を有した者の空間識が、混乱した状態をいう。具体的には、加速度による錯覚のように、地球に村する航空機 の動きを正しく認知していない場合であって、視覚による錯覚、平衡感覚による錯覚、体性感覚 による錯覚等がある。 1. 空間識を混乱させる感覚 @ 視覚による錯覚 眼の機能には異常がない時でも、外景と物標の関係で自己の姿勢や方向、動さについて、だ まされることがある。 例えば、駅のホームで停車中の列車内で、対面している車両が動き出すと、自分の列車が動 さだしたと錯覚する。眼の前の対面している車両が行き過ぎて、向こう側のホームを見て、初 めて自分の車両が止まっていることに気づく。これなど、眼の錯覚の代表例である。 A 平衡感覚による錯覚 これには、加速度によるもの、回転感覚によるものなどがある。 われわれの平衡感覚は、眼をつぶっていても、耳石や三半規管の作用で正しい姿勢を知り得 る。 しかし、いつでも地球の中心(重力の方向)が下だと思っていると、異常な加速度や回転で、 平衡感覚が乱されたことが判らない。前述のように、宙返りで常に足の方向が下であると錯覚 したり、または旋回しているのに走針儀が動いているのを疑問に思ったりする例がある。 B 体性感覚による錯覚 体性感覚には、皮膚感覚(操舵庄など)と深部感覚(Gによる圧迫感など)によるものがあ る。 体性感覚は、加速度が加わらない限り感じるものではないが、視覚情報が閉ざされたような 場合、体性感覚で錯覚すると、自分の姿勢を判断でさなくなってしまう。 例えば、常時2Gをかけた水平旋回から、2Gを維持したま、宙返りをしたとする。そうす れば、Gがかかっていることは分るが、飛行機が何をしているかは判らない。 また別の例で、加速や減速を考えてみる。水平飛行であっても、急加速をすると背中が座席 に押しつけられ、強い上昇感覚を感ずる。減速では、この反対の現象で降下感覚を感ずる。 以上のような感覚は、空間識が正常であるために起こるものであって、操縦技術や飛行適性と は関係がない。 C めまい(眩畢)VERTIGO YERTIGOは、医学的には“めまい””眩畢”と訳される。 しかし航空関係においては、PILOT VERTIGO =SPACIAL DISORIENTATIONとして、空間識失調と同義語に解されている。 ここでは、VERTIGOを狭義の“めまい!”として述べる。 前庭器(耳石や三半規管等)の機能は、自律神経系に及ぼす影響が大きい。 前庭器が刺激されると、嘔気、嘔吐、動悸、皮膚蒼白などの症状がみられる。これは迷路の刺激によって、副交感神経が緊張状態となり瞳孔の縮小、血圧の低下、呼吸機能や胃腸運動の低下を起こすために生じるものである。 めまいは、特に前庭迷路系の障害による誤った知覚であって、眼旋回性錯覚として取扱かわれる。 めまいは自覚的なもので、身体の位置、運動に関する異常感覚である。回転感を伴うもの、浮動感を伴うもの、傾斜感を伴うものなどがあり、また冷汗、嘔気などの自律神経症状の強いものと、そうでないものがある。 めまいと平衡障害とは別なものであるが、めまいには平衡障害を伴うこともある。めまいは平衡感覚における錯覚の中に含まれるが、空間識失調の場合に屡々出現する重要な症状である。 2. 空間識失調を起こす原因 空間識失調とは、空間識が乱されることであるが、その原因については、情報の不足と誤りが ある。 入力情報源としての視覚、平衡感覚、体性感覚のいづれか、またはそれらが複合した状態で誤判断することが、空間識失調の原因となる。そして、誤判断をするべーシックには、情報の不足 または三つの感覚の誤認が存在しており、個々の事象として考えられるものに、次のようなものがある。 @ 雲、霧などで視程が悪く、外界への手がかりがない気象状驚で飛行すると、空間識が乱される。特に、水平線が見えないような状態で起こる(情報の不足)。 A 計器の故障が発生したときや、その指示が正確なものかどうか判断に迷ったりすると、混乱が生じてくる(情報の誤まり)。 B スピンから回復したときに、眼球振盪を起したりしていると、空間識を失うことがある(視覚の障害)。 C グレー・アウト、ブラック・アウトにより平衡感覚を失う(視覚の障害)。 D 夜間飛行で水平線が見えないとさ、星と、船や地上の灯火を混同してしまうと、空間識を失う(情報の不足)。 E 夜間に、真っ暗な中の1つの光を凝視すると、その光が動いているような錯覚を起す。これを自動運動(オート・ローティション)という(情報の誤まり)。 F プロペラが緩速回転中に、太陽光線の反射で、日のちらつき現象が起こる。また夜間飛行で衝突防止灯の回転閃光が、プロペラ回転面で反射されてちらつき現象がでる(視覚の障害)。 G 非常にゆっくりした航空機の動きに村しては、耳石や三半規管が働かず、運動が知覚されない(情報の不足)。 H 雲上飛行で雲の斜面を水平線と見誤まって、水平飛行の姿勢を乱すという頭脳判断の誤まりがある。同じように、雲中飛行等で光のさしこんでくる方向を頭の真上の方向と誤判断する(情報の誤判断)。 R 新しい雪が降ったあとの、起伏の少ない積雪地では、高度の判断ができなくなることがある。着陸進入の方向を変えて、黒い手がかりをつかむことで、錯覚を回避することができる。 この高さ感覚の乱れを、ホワイト・アウトともいう(情報の不足)。 3.直線加速度による空間識失調 空中でGが作用した場合、われわれは重力と遠心力の合力の方向を、地球の中心と思い違いをする。これは、加速や減速でおこる錯覚である。図4−3 を参照。 水平飛行中の飛行機が出力を増して加速する。このときのモーメントは、重力と慣性力の合力が図4−3Aのように後方下に作用する。すると、機体の前進に伴う加速で背中が座席に押しつけら れ、耳石も前方の加速度をキャッチする。その際、特に外景が見えないとさなどは、合力の方向 を地球の中心方向、すなわち重力の方向と勘違いして、自分は上昇していると錯覚してしまう。 こうなると、パイロットは機首をおさえようとする。あとは、機首をつっこむことによって益々加速し、上昇の感覚が強く起こるから、さらに機首をおさえて急降下の異常姿勢に陥るという危 険性がある。 この感覚は、上昇からのレベルオフで、出力を絞り忘れたとさの急加速などでも起こる。 図4−3Bには、減速の場合を示している。上の説明と同様であるが、減速に伴う降下の感覚が起 こる。つまり、機首が下がっていると錯覚するので、ピッチアップする。そうすると、いよいよ 減速が著しくなって強い降下の感覚を生じ、最終的には失速とかスピンに入るという事態さえ考 えられる。 4.角加速度による空間識失調 旋回中における錯覚は図4−4に示す。 例えば、計器飛行の旋回の訓練、特に制限計器飛行などにおいて、ロール・インのときは、計器の変化から入る視覚情報、Gの変化による感覚器官からの情報を入手でさるから、旋回の感覚を有している。 しかし族回が安定して、速度、高度が落ちつくと、今まで感じていた重力の方向を、図4−4の合力の方向(足の方向)ととり違える。つまり、合力の方向を地球の中心と勘違いして、自分は現在レベル・フライトをしているのだという錯覚をしてしまう。 制限計器飛行では、水平儀が使えないので、バンクの手がかりはターン・ニードルにしか求め られない。実際は定常旋回をしているのだから、計器の情報を正しく判断していれば、自分がレベル・フライトの感じを持っていても、旋回中なのだと言いさかせることによって錯覚を防止で きる。 ただ、錯覚に入っている時には、何故ターン・ニードルが傾いているのだろうか、という疑問 を感じ、またはもっと深いバンクに入れてしまうという誤操作につながる事もある。 このような状態は、航空機を異常姿勢に陥らせる結果となり、速度計や高度計が大さく狂いだすと混乱してしまう。 5.回転感覚による空間識失調 回転していて回転感覚を感じている場合と、回転しているが回転感覚を感知できない場合と ともに空間識が乱されて自己の姿勢がわからなくなる事がある。 @ 回転感覚を感じているのに空間識失調に入る場合 三半規管が同時に二方向の回転刺激を受けると、別の方向への強い回転感覚を生ずる。 例えば、急旋回のロールインを急速に実施すると、三半規管のうち、バンク(ロール)と ヨーが同時に影響を受ける。このとき、残ったピッチを感ずる半規管は、バンクとヨーの半規 管の動きより強い動きを感じる。そこで、パイロットが頭を左右に振ったりすると、さらに強 いピッチの感覚が現われて、頭の中が混乱してくる。人によっては、この感覚で冷汗が出たり、 吐き気をもよおしたりする事もある。 この強いピッチ感覚では、飛行機がひっくり返るような感覚を感じる。 「びっくりハウス」に入った経験のある人であれば、このひっくり返るような錯覚を理解す ることができるはずである。「びっくりハウス」は目と回転の錯覚を応用した遊技施設であり、 この中に入ると天と地が逆さまに感じられるから、思わずあたりの握り手をしっかり掴んだり する。 また、ジェット・コースターが急降下の旋回をするときに、怖さのあまり目をつぶってイヤ イヤするように頭を振ると、ムカツとしたり、血の気が引いたりすることがある。 このようなことは、回転感覚の影響であって、コリオリー効果ともいう。 A 回転感覚を感じていない場合の錯覚 長時間にわたるゆっくりした旋回を続けていると、旋回の感覚が全く無くなり、水平飛行を しているよう感ずる。 また、計器飛行で汲発機等が片発飛行訓練から、誤まってスピンに入るとする。そうすると、 最初の2〜3旋転で回転感覚が消えてしまう。飛行計器は激しく変化するが回転感覚がないから、一体どうなっているのだろうと不思議におもっているうちに地面に激突する。これを称し て「墓場へのスピン」という。 もう1つは、リーン(LEAN)という傾きの錯覚がある。 これは、ゆっくりとしたロール・インに気づかず(ゆっくりした動きの場合は、三半規管でバンクを感知しない)、何秒かして気づき、計器指示等から慌てて修正操作をした場合に起こる。その時には、修正した方向に傾きの感覚が残っており、機体が水平に修正されたにもかかわらず、体を修正バンクの反対側に傾けようとする。 また、15〜20°バンク程度の定常旋回からロール・アウトするとき、水平姿勢を通りこした 反対側の浅いバンクに戻すようなことがある。つまり、定常旋回の間、回転感度がなくなっているから、ロール・アウトの回転感覚によび戻されて、例えば、右旋回からロール・アウトする場合には、体を右に傾けるような状況になる。そして、ウイング・レベルから左に5〜10°程度のバンクをとったところで、水平になったと結党する。 空間識失調の主因は、錯覚と混乱である。結果は、その瞬間の入力情報の不足や間違いで起こるもので、自分自身は正しいと信じている。これに村して、混乱は人力情報が神経細胞を通 じて脳に送られ、その時点で判断をどうすればよいか迷うという状態である。もちろん、この両者が同時に作用して、空間識失調に陥ることもある。 6. 空間識失調を起こしやすくする因子 @ 疲労‥‥‥反応力の低下 A 宿酔(二日酔)……脳細胞の低酸素状態 B 空腹・‥…低血糖 C 喫煙‥・・‥脳細胞の低酸素状態 D 心配、不安、睡眠不足……体性感覚の鈍化 E 風邪、中耳炎……平衡感覚の鈍化 以上のような因子が排除された健康体であれば、空間識は良好に保たれ、仮に空間識失調に陥 っても、比較的短時間で空間識を回復することができる。 7. 空間識失調の予防と回復 空間識失調の予防としては、次のような方法が考えられる。 @ 常に体調を整えておき、少なくとも空間識失調を起こしやすくする因子を排除する。 A 空間識失調に関する知識を十分に理解しておき、錯覚や眩畢等の事象にいち早く気づくこと。 B あらゆる空間識失調の皆様を、熟練した指導者のもとで実際に何度も体験すること。 C これによって、どのような飛行状態で空間識が乱されるかという予測をつけておくこと。 空間識失調に陥ったなら、次の方法で速やかに回復を図ること。 @ 有視界飛行の場合 有視界飛行で空間識失調になったなら、速やかに計器飛行に切挽えて、計器の指示を信頼し、 空間識をとり戻す。 A 計器飛行の場合 計器飛行で空間識失調になったなら、自分の感覚は全くあてにならないことを思い起こし、 計器から得られる視覚的情報が正しいことを、理性の力で判断して操作する。 B 錯覚を繰返す場合 断続的に空間識失調に陥る場合は、できるだけ速やかに外景から視覚的情報を入手できるところへ脱出する。 濃いヘイズの中や、雲の中を脱出して、地形や水平線がみえるところへ移り、空間識をとり 戻したなら、なるべく速やかに着陸する。 C 複数のパイロットがいる場合 同乗者がいれば、操縦を交代してもらう。 空間識失調の予防と回復のためには、十分な計器飛行の訓練をつんでおく。 そして、計器飛行を行なう自信がつけば、かなりひどい空間識失調からも回復でさる。少なく とも、自分の感覚は、あてにならないということを再認識して、理性による操縦を行なう。 空間識が乱されそうなとき、または乱されたときに、決して頭を斜けたり振ったりしてはいけ ない。 正しい操縦姿勢を維持して、計器の判読やクロス・チェックを正確、適切に行なうことが大 切である。 4−2−6 航空疲労 人の疲労は、肉体的疲労と精神的疲労に分けられる。そして航空疲労は、主として精神的疲労であり、操縦諸操作に伴う肉体的疲労は少ない。 しかし、1回の飛行で数時間にわたって、狭いコックビットで複雑な作業をしなければならな いから、十分な基礎体力を持っていなければ操縦訓練についていけない。 このような覿点から、以下航空疲労について述べる。 1. 航空疲労の原因 航空疲労は、教育体系、使用機材の種類、安ける訓練の内容、訓練の傾度等、種々の訓練の過 程の中から発生するものである。 これらの疲労の原因を、体系的にまとめてみると、次のようになる。 ┌ 機体側の因子 ┌ 外的因子┤ │ └ 気象状態による因子 航空疲労┤ │ ┌ 個人的因子 └ 内的因子┤ └ クルー・コーデーデイネイション上の因子 1) 外的因子 外的因子とは、パイロット自身では、どうすることもできない理由によるものである。 もちろん、航空医学や航空人間工学などの見地から、科学的に解明された改良部分も多く、 一時代前の操縦訓練等よりは、かなり疲労の軽減が達成されるようになった。 例えば、機内与庄装置の性能向上、機上レーダーの装備、エンジンの信頼性の向上等によっ て、より快適で安心できる環境下で航空業務に従事できるようになり、著しく航空疲労が少な くなった。 しかし一方では、運航業務や操縦技術の面で、単純なシステムから複雑なシステムヘ、簡単 なメカニズムから交錯したメカニズムへと、内容が変化していって、今までに考えられなかっ た新たなタイプの疲労原因もでてきている。 ※ 機体側の因子 @ 機体の振動、騒音、G等 A 減圧による疲労 B 低酸素による疲労 C 気温、湿度の変化による疲労 D 機体の信頼性に村するストレス E 操縦性の難易度による疲労 ※ 気象状態に去る疲労 @ 乱気流による疲労 A 視程や外景の明暗等による−眼の疲労 B 雲中飛行時の不安感 C 低視程下における離着陸訓練や航法訓練 D 夜間飛行による疲労 2) 内的因子 ※ 個人的因子 @ 長時間の精神的緊張 A 情緒的緊張、特に初心者の恐怖感 B 睡眠不足、休息不足 C 飛行に対する興味の喪失 D 体力不足 E 深酒、過度の喫煙 F 家庭の心配事 ※ クルー・コーデイネイション上の因子 操縦訓練は、教官と訓練生という2名のミニマム・クルーで行なわれる。一方、定期便等で は、機長、副操縦士等をはじめ、数名〜十数名のクルーになってくる。 このような中では、村人関係のトラブルが潜在的疲労の原因となることがある。 @ 教官(機長)と訓練生(副操縦士等)の意志疎通がうまくいかない。 A 訓練生間での相互の意志疎通がうまくいかない。 B 訓練生間の技量的優劣からくるストレス C 教官の個性と訓練生の個性との衝突 D 教官の教え方に対する不満 クルー・コーデイネイション上の因子は、それらが直接の疲労原因(主として精神的ストレスの連続)となる場合もあるが、逆に個人的因子に成長する場合もある。 2.航空疲労の兆候 航空疲労は、航空巽務上で発生する精神的疲労が主となるが、グランド・スクールやフライト・スタンパイで生じた潜在的疲労も、無視することはできない。 また、航空疲労は、一時的な疲労と次第に蓄積される疲労があり、特に後者の場合は注意しなければならない。 教官は、訓練生の疲労について、早期に発見するように努めなければならない。訓練生に休養 を与える権限は、担当する教官が持っており、同時に訓練生を疲労のない状態で飛行させること が教官の責任でもある。 具体的な疲労の兆候は、次のようなものである。 @ 外界の刺激に対する反応の鈍化 訓練生の目の動きをよく観察すること。目がトロンとしていたり、日の動きが鈍いときは、 多分訓練生は疲れてしまっている状態である。 ルック・アラウンドの能力が低下し、他機の発見が遅れ、または発見した他機をジーツと見 つめて自機のコントロールを忘れる。すなわち、 (a)外界に村して無関心、無感覚となる○ひどいとさには、ぼんやりとしで胱惚状割こ陥る。 (b)異常に村する発見が遅れる。 例えば、計器の異常指示、飛行姿勢の初動の変化等に村して、発見が遅れる。教官が助言し ても、仲々気づかない。 A 精神集中力の低下 精神集中力の低下の具体的な兆候は、小さな手順ミスの続発、既習課目の方式ミス等で判る。 そして、注意の持続力が低下するから、教官の助言を忘れ、操作や発唱に村する節度が欠け、 飛行姿勢が崩れてくる。 そのために、次のような事項に注意しなければならない。 (a)異常事態に対処する能力が低下し、または緊急事態に村する認識や原因究明に時間がかかり、回復操作が遅れる。 (b)危険操作をする 計器の指示や警報を誤って判断し、誤操作や逆操作を行ない、危険な飛行状態にする。 (c)判断力の低下 通常の巡航状態等においても、訓練空域や高度の決定、雲の回避、巡航出力や速度の設定等 を適切に判断することができなくなる。 1つの計器のみに注意を集中し、外景に目を向けず、ムダ舵の多い神経質な操作を行なう。 これは、疲労した訓練生が、注意配分を適正にすることができなくなったときの状葱である。 疲労のある状皆での訓練は、効果が少ない。教官は、訓練生に疲労の兆候を認めた場合には、 他の訓練生と交代させるとか、訓練を中止して帰投する等の方策を講ずべきである。疲労のある 状態で訓練を安全に実施することを訓練生に体験させることも必要であるが、このような場合、 訓練進度が十分に進んでから行なう方が良い。しかし、これは訓練効果を損なうやり方であるので、頻繁に実施するようなことがあってはならない。 3.航空疲労の予防 航空疲労が肉体的疲労であれば、体を鍛えることで、その予防策となる。しかし、航空疲労が精神的疲労を主とするものであるだけに、その予防策は具体的でなく、それぞれのケースによって対策が異なる。 一般的にいえることは、規則正しい生活と、健全な心身状態を保つことである。 敢えて、航空疲労を予防するためには、どうすればよいかといえば、疲労の原因と結果の面か ら、次の4つに分けて説明することができる。 1)疲労の原因となるものを除去する。 @ 航空機の安全性を高める。 定期点検や整備のピリオドを短縮する等して、パイロットの潜在的不安要素をなくす。 A 振動や騒音を少なくする。 B 低酸素状葱を回避する。 非与庄機では、できるだけ低高度で訓練をする(不意のスピン等に付する安全性を考慮した 高度)。 C 訓練気象条件を高く設定する 初心者の訓練では、例えば、シーリング3,000ft以上、視程8km以上というような条件を設定する。 D 訓練時間の間隔を十分にとる 例えば、午後の飛行訓練に引きつづき、夜間飛行訓練を実施しない。特に夜間飛行をすると さは、1日の飛行時間を制限する。 2) 心身を健康に保つ @ アルコールや煙草をひかえる 特に、パイロットにとっての喫煙は、低酸素に村する耐久力が低下するので、できれば禁煙する。 A 十分な睡眠と休息をとる 飛行訓練の前日は、7〜8時間の睡眠をとる。しかし、9時間以上の睡眠は、かえって疲労 を促進させることがある。 B 飛行訓練の前には、必ず食事をする。 朝食や昼食を抜くことは、飛行中に低血糖となり、大きな疲労原因となる。 C バランスのとれた食事習慣をつける 肉類や米類を多くとりすぎると、血液がアシドージス(酸性過多)となり、疲努の原因とな る。 3) 肉体的疲労の防止のため @ 毎日できるスポーツを身につける。 A 航空機の搭乗前には軽い体操を行なう(ラジオ体操でよい)。 B 飛行訓練の期間中には、自分なりの疲労防止策をつくる(例えば、毎日水シャワーを洛び るとか、午睡をとるとかの方法)。 C 基礎体力は、全身の持久力を維持することを主眼とする。従って、短距離走、ウェイト・ リフティングのような瞬発力を鍛えるよりも、駆足、なわ飛び、急歩(競歩)等をある時間続 けて行なうのが効果的である。 D 飛行中では、後席等にいるとき、肩の上下、首の回転、上体の屈伸や捻転、胸筋の伸縮等、 座席に座ったままできる運動を行なう。 4) 精神的疲労の防止のため 精神の鍛練、精神修養に効果のある修行を行なう。できれば、一生涯実施可能で、自己の趣味に合致したものを選ぶ。具体的に精神衛生上、効果のある種目は、次のようなものである。 @ 読書‥…・哲学書や文学書による精神の高揚 D 宗教活動 A 座禅 E 書道、絵画等 B 居合道等の武道 C 茶道、華道等 以上のほかにも、適切な種目があるはずである。何れにせよ、精神的疲労は、単に休息や栄養補給等の手投で解決できないものであり、不屈の精神力が必要である。 ストレスは蓄積するので、その捌口をもっておくことも、精神的疲努の良い防止策になる。 なお、訓練生は、「あの教官とはうまくいかない」、「あの教官にはついていけない」等の理由で、精神的ストレスを持ってしまう場合があるから、教官は時々面接等を通じて、早目に 解決を図るようにする。 例えば、教官交代とか、教育方法の変更が必要な事があるかもしれない。 これらは、訓練生の悩みとしては、上に述べたような修養などでは、個人的に解決できない問題である。教官は、特に訓練生の精神的ストレスが、悩みや迷いに起因する場合は、他の教 官とも十分に相談して、慎重に対処すべきである。 4.飛行中における航空疲労の回復策 どのような場合でも、訓練生の精神的緊張感を一時的に解放してやれば、航空疲労を軽減し、 または回復することができる。 @ 30分間に1回・2〜3分程度の休憩をさせる。このとき、首、肩、指先等の軽い運動をさせる。 A もし、事前に準備していた携帯用ポットがあれば、このときに飲物を飲ませる。 B 訓練生の興味の持続を図るために、訓練生の不得意課目や、新しい課目の展示飛行(デモンストレーション・フライト)を実施してみせる。 C 酸素装置があれば、必要に応じて、5分程度の酸素吸入をさせる。 D 訓練生の操縦をみて、よくできたところは、必ず褒めてやる。これは、大きな精神的活力源になる。 E 訓練効果があがらないときは帰投せよ。この場合、帰投理由を訓練生の責任にするようないい方は、厳に慎まなくてはならない。それによって、訓練生のストレスは急増する。 例えば、「ちょっと、エンジンの具合が気になるから帰ろう」等のいい方で、訓練を中止する。 4−3 飛行の精神および身体に及ばす影響 空を飛んでいると、精神および身体の働きに、いろんな影響がでてくる。 航空機の3軸回りの周期的な動揺は、空酔いを起こすことがあるし、また酸素の薄い高い高度では、燃料の不完全燃焼による一酸化炭素中毒の発生する危険性もある。 飛行前に飲んだアルコールや薬剤は、飛行作業の間に、高等な脳中枢に微妙な影響を与える。 さらに、特殊な飛行課目の実施(例えば、洋上低空での接賓飛行、耐空検査の試験飛行等)や気象状態の急変は、大きな精神的ストレスとして作用する。特に緊急事態においては、その心理状 態は地上とはかなり異なった様相を呈してくる。 そこで、本節は飛行の精神および身体に及ぼす影響について、操縦教官として知っておかねばならない諸点について述べる。 4−3−1 空酔い AIR SICKNESS 主として航空機による動揺、そして振動や加速度が反復して身体に作用すると、内耳の迷路系 が刺激されて自律神経失調をきたし、空酔いが起こる。 空酔いは、身体的に正常なパイロットであっても、一定の条件下でかかるものである。換言す れば、空酔いは平衡機能が正常であるが故にかかるともいえる。 しかし、どのような環境条件でも、ひどい空酔いに陥るのは病的であり、操縦能力が著しく低 下するような空酔いを繰り返す場合は、パイロットとしての適性はない。 1.空酔いの発生を助長する因子 @ 視覚的因子 航空機が揺れるときに、近くの雲などを見ていると、空酔いを起こしやすくなる。 A 臭 気 例えば、ガソリンの臭いや他人の吐いた汚物の臭いは、空酔いの発生をうながす。 B 高温多混、換気不良等の環境 C 胃腸障害、過労、睡眠不足 D 不安定な精神状態 例えば、恐怖感を持った人、神経質な人など。 空酔いは、規則正しい食事をとっている方が起こりにくい。そして胃を圧迫しないように背筋 を真っ直に伸ばしておくのがよい。 2.空酔いの症状 @ 消化器症状 腹部膨満感、嘔気、嘔吐、生つば等 A 呼吸器症状 息苦しい、呼吸の乱れ B 循環器症状 血圧変動、頻脈 C 精神症状 不安、無気力、倦怠感 初期の訓練生が嘔気を訴えた場合は、操縦を交代し(できれば後席に移す)、嘔吐袋を準備す る。突然にくる嘔吐では、機内を汚し、異臭を放つばかりでなく、操縦系統や電気系統に汚物が かかると、事故の原因にもなりかねない。また、訓練生が強い空酔いの症状にかかると、操縦そ のものに不安を持つようになる。 教官は、訓練生が頻繁に空酔に陥る場合には、指定航空身体検査医に相談し、受診させて以後の飛行の可否の判断をあおぐ。 3.空酔いの予防 空酔いは、起こると治りにくいので、治療よりも予防することの方が大切である。 特に初期の訓練生に村しては、空酔いの先入観念を植えつけるような言動を避け、少なくとも 5時間程度の飛行時間となるまでは、努めて1回の飛行時間を1〜1.5時間に抑える。 @ 薬物療法 ・副交感神経遮断剤:(スコポラミン) ・トランキライザー:(クロールプロマジン) ただし、これらは同乗者に限るもので、パイロットおよび訓練生は使用してはならない。 A 身体的因子の予防 飲酒、過食を避け、体調をベストに保つ。初期の訓練生にあっては、食後少なくとも飛行までに1時間あける。 B 環境因子の予防 機体の換気、温度、湿度を適正に保つ。酔いそうな場合、顔にコールドエアーを当てる。ネクタイを緩め、胸元をゆっくりする。ズボンのベルトを緩め、安全ベルトは腹部を圧迫しない程度に調整する。 C 既成のパイロットが空酔いを起こしたとさには、操縦席に座らせて自ら操縦させる。 D 空酔いには慣れの現象があるので、訓練の過程で克服することができる。 空酔いの発生のメカニズムは、内耳の前庭の刺激によるものであるが、それと共に一度空酔い を経験した者は、また起こすという情緒的不安定が重なる。これが空酔いを助長する。従って、 教官として訓練生に空酔いを説明するとき、「大丈夫、空酔いなどめったにかからないよ」とい う安心感を、まず与えておくことが大切である。 4−3−2 一酸化炭素中毒(CO中毒) CO中毒は、日常生活の中では石油ストーブの不完全燃焼の時に起こり、また炭鉱の鉱内火災では大量の中毒患者が発生することがある。 航空機の場合も次のような状況下で一酸化炭素中毒が発生する。 1.一酸化炭素の発生 @ エンジン排気の熱を利用して室内を暖房している場合に、故障や欠陥で排気がヒーター系統に入ると、機内に一酸化炭素が混入してくる。 A 機内用自家発電装置を装備している航空機では、装置の排気ガス排出系統の故障で、機内 に一酸化炭素が入ってくるおそれがある。 B 離陸前の一時待機で、滑走路前の停止線にいる後続機が、先行機の風下にある場合、先行機のエンジン排気ガスを吸入する。 C 地上で試運転中の航空機の後方にいる者は、排気ガスを吸う。特に、アイドル運転中の場合は、一酸化炭素濃度が濃い。 D 機内火災が起こると、機内に多量の一酸化炭素が充満する。 E 機内で吸ったタバコの煙にも、一酸化炭素が含まれている。 2.一酸化炭素中毒の特徴 一酸化炭素は、血中のヘモグロビンとの結合力が、酸素の200倍も強い。一酸化炭素がヘモグロビンと結合すると、一酸化炭素ヘモグロビンとなって、組級への酸素供給を阻害する。 一酸化炭素ヘモグロビンは、全体の血中ヘモグロビンの10%以下で大脳皮質の機能を低下させ、 20%になると頭痛、めまい、嘔気、30%以上で心筋に影響を与えて、動悸、息切れ等の現象を呈 し、60%以上では死亡する。 一酸化炭素の最も危険な特徴は、無味、無臭、無色透明な気体であるので、本人の知らない間に体内に入りこんでくる点である。 一酸化炭素を吸入すると、殆んどの場合、急性CO中毒症状を里する。CO中毒の症状に気づ いて、一酸化炭素を遮断したり、酸素吸入を行なっても、一度現われた症状は急には改善されな い。 軽いCO中毒の場合でも、一酸化炭素の影響がなくなるまで、数日間の回復期間を要する。 ひどいCO中毒では、後遺症が現われ、精神反応の低下や、視力障害が預ることがある。 3.一酸化炭素中毒症状 @ 頭痛、めまい、頭がぼんやりする、無気力、落ち着きがない等 A 悪心、嘔吐 B 視力障害、特に夜間の視力障害 C 運動麻痺 手足の横能低下、ひどくなると動かなくなる。 D 意識障害、血圧低下等 急に濃度の濃い一酸化炭素を吸入すると、意識が冒される前に、身体の自由が利かなくなる。 それでCO中毒になったことを自覚して、扉を開けて外に脱出しようとする意志があっても、その時には既に手足が麻樺していて、逃れることができないという状態が起こりうる。 4.飛行中、CO中毒の兆候を感じた場合 もし飛行中、排気ガスの洩れを察知し、CO中毒の疑いがある場合には、次の処置を行なう。 @ キャビン・ヒーターの使用中であれば、直ちに使用を中止する。 A 窓や通風口を全開として外気を取り入れ、機内の換気を図る。 B 酸素吸入装置があれば、100%酸素の吸入を行なう。 C なるべく早く最寄りの飛行場に着陸して検査を受ける。 D CO中養の症状が現われた場合には、一切の飛行を中止して着陸する。 症状がひどい場合には、管制塔を通じて救急車を要請し、緊急着陸(Physical Emergency Landing)を行なう。 4−3−3 緊急時の心理 1.飛行によるストレス ストレスとは「心身に生じたひずみ」といわれ、その発生原因は、物理的原因として寒暖の差が大きいこと、化学的原因として各種の中毒症状、心理的原因として精神的な負担が大きいこと、 などがあげられる。 初期の訓練生が乗る小型機は、大さなストレスを作る環境にある。 例えば、夏場は地上滑走中の40℃近い機内温度であるのに、離陸後、十数分で5〜6,000ftに達すると、20℃程度の冷ややかな環境となる。冬場は、ヒーターの使用でCO中毒の可能性がある。そして、何よりも操縦訓練自体は、精神的負担が大きい。 操縦教官は、訓練生の性格、思考、行動等をよく観察して、訓練中における心理的な変化を理解できるよう、心掛けなければならない。 特に操縦教育に大きな影響を及ぼす心理的な要素は、何といっても「不安感」であることが多い。 初期の訓練生には、高い所を飛ぶことや墜落に付する恐怖が、潜在的な不安感として存在している。また、初めて体験する異常な気象状態や、機体、エンジンの不調は、ストレスとして作用 して、訓練生の精神状態を不安定にする。 以下、不安とストレスの関係を中心として、緊急時の心理について述べる。 2.ストレス反応 1)正常なストレス反応 人間は、不安定な精神状管の場合に、ピックリすると、頭脳は身体にその警告を発する。 正常なストレス反応の状態は、次のようなものである。 @ 脈拍の増加 A 血圧の上昇 B 瞳孔の散大 C 顔面蒼白(血管の収縮) 2)異常なストレス反応 ふつうの場合には、ストレス反応が起きても、自分の技量と経験の範囲内でその能力を回復して、迅速に正しい行動を開始することができる。 しかし、技量と経験の乏しい訓練生の場合には、ストレスに対抗して正常な能力に復帰することができないこともある。 その場合には、ストレス反応は、さらに異常な反応へと進行してゆく。この異常反応は次の 3つの段階に区分することができる。 @ 努力の投階 緊急事態になっても、それに対処できる能力が残っている状態である。正常反応の状態にあ るといってよい。 A 疲労の段階 心的エネルギーが消費され、やる気がなくなり、頭の働さも鈍くなる。 B 敗北の段階 脳の働さが停止し、腰抜けとなり座り込む。便失禁なども起こす。 3.緊急事態におけるストレス反応 1)飛行中の緊急事態の特殊性 空中における緊急事態は、地上のそれと比較して、次の諸点で異なる。 @ 生命の危険が切迫している。 A 余裕時間が少なく、一刻を争う。 B 絶対的な安全処置がない。例えば、自動車のように停車することはできない。 C 1つの操作だけに集中し得ない。例えば、故障エンジンの点検等と同時に、正確な機体の操縦を続けねばならない。 D 空中での全ての緊急事態の態様が異なる。例えば、エンジン停止の場合でも、高度に余裕 のある場合と、低空における場合の対処のしかたは全く違う。 以上のように、空中における緊急事態の場合の驚愕反応は、地上における反応よりも強く、か つその持続時間が長いことが多い。 2)空中における緊急事態下でのストレス反応 @ 感覚の段階 異常指示の計器等に注意を奪われすぎる。目がくるくる回って、何を見たか知覚できない。 A 脳の働きの段階 高度が高いほど低酸素であり、総合能力が低下する。感覚の段階では、気が動転してしまっており、記憶しているはずの手順等を突然忘れる。 そして、操作等に許された時間が、非常に短いように思う。 B 操作の段楷 脳の機能が低下すると、理性的操作を忘れて、習慣的操作を行なうようになる。また間違って、別のスイッチやレバーを操作する。 ストレス反応が進むと、力のコントロールができずに、オーバーな操作となる。または、ぼんやりとして何もしない。 4.緊急事葱における心構え @ 緊急事態に村する知識を身につけること。 知識によって、不安は解消できる。 同じ異常事態に村しても、未熟な者ほど慌てるが、熟練者は平然と対処する。これは経験による差であって、知識の有無によって、異常事態に村するストレス反応の強さが異なる。 また、一度異常事態を経験すれば、それから脱出する自信を持つようになる。シミュレー ターがあれば、あらゆる異常事態を体験することがでさるので実際の飛行に役立てられる。 A 緊急操作の反復訓練を十分に実施すること。 緊急時の異常反応では、感覚も脳の働きも、そして操作も異常になる。その様な場合に遭遇 しても、常に冷静沈着に、かつ間違いなく操作し、判断するためには、何度も反復訓練をして身体で覚えておくことが大切である。 そして、あらゆる緊急事態で行なうファースト・アクションの手順が何であるかを、正しく理解し、記憶しておくように心掛けななければならない。 4−3−4 航空事故におけるヒューマン・エラー 人間の頭脳は優秀であるけれども、その反面、機能の限界があり、判断に村する柔軟性、知識に対する忘却性があり、これらが複雑に作用するとヒューマン・エラー(人的過誤)が発生する。 1.ヒューマン・エラーの起こりかた ヒューマン・エラーは、その発生の態様から、次の4つに分けて考えられる。 @ 人間の能力の限界からくるもの 人間の視力と聴力には、情報を入手して反応するまでに一定の限界がある。この能力の限界以上では情報処理は不可能で、エラーの要因になる。 例えば、脳がやゝ複雑な判断をするには 0.5秒かかるので、それ以上の短い時間で計器指示をチェックしたり、ウォーニング・ホーンの意味を判断することはできない。 A 人間の持つ長所と、その裏側のエラー 脳の前頭葉(高等な精神作用を行なう機能があり、創造性を司る)は、予測能力を持っている。しかし、予測過剰に働くと、先入観となって大きなエラーとなる。 例えば、ある機体は失速の課目で右に傾くといわれていた場合、右に傾くことを予測して操作したところ、急激に左に傾いてスピンに陥るようなことがある。 B 大脳の意識レベルによるエラー 大脳の信頼性は、意識が明快か鈍っているかによって左右される。 これは、脳の根本にある脳幹網様体が覚醒と抑制のうち、いづれが優位に働くかによる。 意識に目ざめ、クリヤーになれば、情報処理系はフルに回転し、操作ミスや誤判断をするこ とは、殆んどなくなる。しかし、これが反対に抑制側に働けば、疲労感が起こって作業活動は 低下してくる。 C 集団エラー 1人の場合には、全責任があるという強い意識から、自ら緊張して注意を分配する。しかし、 2人、3人と人数が増えると、仲間意識が生じてきて、作業分担がはっさりしないまま、エラ ーに結びつくことがある。見張り責任などは、この例である。 2.ヒューマン・エラーの防止 このようなヒューマン・エラーを未然に防止して、航空事故をなくすには、次の4つの点に留意する。 @ 異常な兆候を早く発見すること。 予測を伴った情報入手の手段が、より正確であることが大切である。例えば、エンジン音の変化とか、ゴムの焼ける臭いとかの小さな異常を見逃がすことなく、迅速にその兆候を分析、調査する。 A 異常事態の診断が適確であること。 計器の異常指示や振動などから、速やかに原因究明がなされること。 例えば、同じスロットル位置で吸気圧力が上昇したことで、出力系統の故障を准定し、最終的に原因を把握する。(又は、エンジン部からのオイル洩れで油圧系統の故障を察知する。) B 処置手順が正確で、早急に行なわれること。 緊急手順等が、思考を伴うことなく自動的に、かつ正確に実施でさること。これは反復訓練で達成される。 C 精神的余裕を持つこと。 精神的な余裕を持つことは、全ての行動を通じて、最も大切なことである。 このためには、異常事態への知識、経験、操作の自信、状況判断の適確さ等が必要になってくる。 3.航空機事故とヒューマン・エラー @ パイロット・ミス ヒューマン・エラーは、人間が機械を動かすことによって発生する。このようにして起こっ た過誤は、いわゆる「パイロット・ミス」「操縦ミス」とよばれて、しばしば過失として処理されている。 しかし、航空機事故の場合に、事故を生ずるに至った要因を無視して、簡単にパイロットの過失として処理してしまうことには、疑問がある。 パイロットがなぜ過失を起こしたのか、なぜその過失をリカバリーすることができなかったのか、それを究明しなければ、再び同じような事故が発生するかも知れない。例えば、あるトラブルのために緊急事態に陥った航空機に村して、パイロットが回復操作を行った場合に、その操作手順に誤まりがあって、航空機が墜落したとする。この場合に、回復操作が、パイロットの通常の注意力や平均的な技量を超えるような仕事量を要するものであったならば、その失敗はパイロットの過失とするわけにはゆかない。 A 背後要因としての人的要素 航空機事故の発生率は次第に低下しているが、事故件数は或程度以下には減少しない。 また、コンピューター制御が進むなかで、パイロットの役割りは、判断力や意志決定の能力に比重が移ってきており、その過誤は今まで以上に大規模な事故に発展する可能性がでてきた。 航空機事故の背後にある要因として、技術革新と深層人間心理の関連のなかに、人的要因、 ヒューマン・ファクターの関連がある。 例えば、自動操縦装置によって長距離の飛行をしているような場合には、パイロットにとっては時間が余りすぎることがある。そんな時に、刺激の少ない航空作業は、パイロットに単調 さや退屈さを感じさせる。それが更に、度忘れや勘違いを起こすきっかけとなり、そこに事故 が入り込む余地が出て来る。 反対に、時間に余裕が無くて、制限された時間内にしなければならない仕事量が多すぎると、 これもまた事故の要因となりうる。 このように、時間と仕事量との関係の中においても、事故の背後にある潜在的な原因として、 ヒューマン・ファクターが存在することがある。 4−3−5 異常な訓練生の取扱い 飛行訓練の時間数が増え、単純な課目からより高等で複雑な課目へ進むに従って、訓練生間の技量の優劣が明確になってくる。 技量的に遅れた訓練生は、飛行訓練に村するストレスが増えはじめ、理性でストレスをコント ロールできなくなると、徐々に飛行訓練に対して不適応の兆候を示してくる。これらの兆候は、人によって異なるが、具体的に次の4つに分けられる。 1.飛行訓練における不適応の兆候 @ 対人関係におけるトラブルの増加 A 操作手順や判断の不適切、粗雑さ B 飛行への意欲の喪失、自信の低下 C 操縦上の安全意識の低下、危険操作の頻発 以上のどれか1つの兆候が現われたときには、操縦教官は十分に注意して、訓練生を観察しなければならない。これは、地上における行動も含んでいる。 2.不適応の原因 教官としては、不適応の兆候に吋して、面接(オーラル・テスト)、カウンセリング、追加教育(アド・ホップ)を行なうと共に、不適応の原因を追及する。 そして、不適応の兆候が訓練生の側に原因があるのか、それとも教官の側にあるのかを調べる。 教官に原因があるものとしては、教育方法や教官との村人関係の阻害等があり、時には機内で喫 煙する教官に訓練生が苦痛を感じていたような例もある。 訓練生の側にある不適応の原因は、次の3つが考えられる。 @ 訓練生の能力の低さ(飛行適性) どの程度の追加教育で、所定のレベルに達するかを見極めなければならない。 A 訓練生の性格上の問題 訓練生の身上、自意識、プライド等が性格形成に影響している場合がある。同時に、飛行機、ヘリコプター、飛行船、滑空機など、機種別の適格性も問題となる。 B 不安を基調とした精神的な異常 (a)心理的な葛藤が原因となって起こる心因性疾患‥‥‥神経症、ヒステリー等 (b)自身が持っている病気にかかりやすい内因性疾患‥…分裂症、てんかん等 これらは、飛行不適合として処置しなければならない。 3.異常な訓練生に村する教官の処置 操縦訓練中の不適応の兆候は、通常は教官の適切な指導によって、その状態を脱することがで きる。しかし、教官としてあらゆる措置を尽くしても、改善の見込みがなければ、次のような手順 に従う。 @ 飛行適性や性格が原因であれば、他の教官の意見を開く。できれば、1週間程度の同乗教育を実施してもらう。 A 精神的欠陥がある場合、単独飛行の許可や、実地試験の推薦をしてはならない。訓練を継続せずに、航空従事者試験官等と協議する。 B 航空身体検査医のほか、当該訓練生を診察した精神科医師等の意見に従って、その後の方針を決定する。 操縦教官は、異常な訓練生を担当したとき、決して自分一人で問題を解決しようとしてはなら ない。 特に、熟練した教官になるほど、過去の経験から、また教官自身の面子から、「何とかしよう」 と、異常な訓練生に適切な措置をしないまゝ抱え込む傾向があるようである。その結果、却って悪い結果を生むことがある。 4−3−6 飛行適性 飛行適性とは、生まれつき、あるいはその後の教育訓練によって備わった精神的、身体的能力であって、パイロットとしての職務の遂行に適しているかどうかをいう。 この飛行適性は、一生備わっているものではなくて、年令、健康状態、精神状態、あるいは訓練等によって変動する。 すなわち、飛行適性とは、優れた飛行感覚と操縦能力によって決定される総合的な飛行への適応性である。 飛行適性の基礎をなすものは、パーソナリティ(人格)である。パーソナリティは、その人の資性と知的能力とを含めた「人と成り」のことであり、パイロットはその業務を行なう間に、いわゆる正常な人格を要求される。 このようなパーソナリティの中核をなす資性と知的能力について述べる。 1.資性 天性とか稟性ともいわれるが、人間はいくら立派な素質があっても、練磨しなければ完成されない。 飛行適性における資性とは、次のようなことをいう。 @ 飛行感覚 飛行姿勢、方向、位置の感覚や、速度、機体の動きの変化に村する感覚、または反応の迅速性 A 操舵の調和 航空機に滑りを生じさせぬように飛行させる。円滑で柔軟な調和のとれた舵の使い方。 B 注意配分 外景、計器、その他あらゆる事象に、一点集中をすることなく、注意を万遍なく配分する能 力。 C 飛行手順 手順の記憶力とミスの防止、錯誤や錯覚のないこと。 D 判断力 計画の立案、先行性を含め、計画に対する判断と実行の決心。 以上のうち、「注意配分」と「判断力」に関して欠如する者は、飛行に不適とされる。 2.知的能力 パイロットには、知的効率の高いことが要求される。 一般に平均より高い知能指数が望ましく、抽象的知能と具体的知能の双方を備え持っていることが必要である。 @ 操縦能力 資性に基づく飛行感覚、操舵の調和、計画や判断等を、具体的かつ総合的に発揮できる能力であり、正確で確実な知識に裏づけされる。 A 情報処理能力 知覚、思考、判断などの中枢神経系の活動によって、適切な結論を導き出すための能力。これには、情緒的能力が必要であって、緊急時にも冷静な判断ができなければならない。 B 動機(または積極性) 飛行に対する意欲があるということで、動機はパイロットとして行動する際の基本的な原動力となる。 動機が低いと、訓練の上達が遅く、事故を起こしやすく、また精神的にも不安定となりやすい。 C 安定性 精神の安定性をいう。これは、理性に基づくもので、少しのことに驚いたり、慌てたりしない性格をいう。安定性は訓練や経験によって、自分でコントロールすることができるようにな る。 D 成熟度 精神的落ちつきや物の考え方が、年令相応に成長していること。 精神的発育が未完成であると、いくら操縦能力が優れていても、社会的に不適応を起こしやすく、対人関係のトラブルやノイローゼを起こす。 3.飛行適性と不適合 @ COCKPIT RESOURCE MANGEMENT(CRM) (コックビット内の人的資源の管理) 飛行適性の基礎をなすものは、パイロットの人格であるが、パイロットは飛行中において機長としての業務を行なうことが多い。 このコックピット内における機長の物の考えかたや専門的能力が、飛行適性という観点から大変重要視されるようになってきた。管理者としての機長には、次の3つの能力が要求される。 まず第1に、対人関係が円滑であること。乗組員相互の理解と協力による、良い人間関係を作ることが必要である。 次に、機長の指導管理能力が要求される。クルーに、統率のとれた、仕事をやりとげる力を持たせなければならない。 最後に、機長の計画能力、問題解決能力、意志決定能力が重要になってくる。 これらの能力の備わった機長は、コックビット内の人材や機器を十分に活用することによって、航空機を安全に運航することがでさる。 A ベテラン・パイロット 長い間機長をつとめて、2万時間以上もの飛行時間をもつパイロットが、停年で退職してゆくことがある。そんな時の、ベテラン・パイロットの話には、意外に失望させられることがあ る。そこでは、定められた手順を守り、安全第一に飛行したというような、平凡な談話が多い。 ベテラン・パイロットとは、一見愚直とも思えるような、安全点検を繰返し、初心を忘れずに操作することのできるパイロットのことである。 十分な飛行経験と、自由な操縦技術を身につけると、自分はベテランであると自惚れること がある。ベテランに事故が多いというのは、この場合であって、あまり熟練した操作では、誤 りが少ないために誤まった操作に気付かず、また迅速に手順を終えることができるために、手順の脱落を起こすことがある。 ベテランであるという慢心は、パイロットの最も慎むべさことである。 B 飛行不適合 パイロットの人柄や能力が、或レベル以下である場合には、飛行に不適合とされる。これは、パイロットとしての面接試験や学科試験、心理テストなどによって審査される。またその後 の操縦訓練や学科の授業で、何度も評価されて飛行の適、不適を査定されてゆく。 ただ、厳重なパイロット・テストを安けて合格した者でも、空中ではいわゆるNOBODY−MINDS (うわのそら)の状態に陥るものがある。 この場合には、航空機が離陸して空中に浮揚したその時点から、過度に緊張した心理状態と なって、柔軟な判断や機敏な操作の能力が低下してしまい、ある時は拙劣でぎこちない操縦を し、またある時はボーツとして管制官や教官の呼びかけにも応答しなくなってしまう。 これは、シミュレーターによる能力判定や、地上の心理テストでは、予測することができな い。 この飛行不適合の状態は、先天的な性格や素質が影響するために、これを訓練によって矯正することが困難な場合が多い。 4−3−7 アルコールの影響 アルコールは、適切なタイミングに適量を飲用すれば、薬としての効果がある。 例えば、興奮して眠れないときや、時差で睡眠サイクルが狂ったときなど、就寝前に少量を飲 むことによっで快適な眠りを期待できる。 しかし、一般に航空業務に従事する場合は、飛行前には、アルコールの飲用を慎しむべきであ る。 航空法上では、パイロットはアルコールの影響のある場合、飛行してはならないと規定されて いるが、この影響のある時間というのは、医学的には飲み終ってから24時間といわれる。 宿酔の症状があるときは、飛行してはならない。宿酔の場合に、沈静剤や栄養剤を服用しても、 それは見かけ上の愁訴が緩和されただけであり、アルコールの影響が消えたわけではない。 1.アルコールの作用 @ アルコールの急性作用 脳は、アルコールによって正骨な機能を失うが、特に高等な機能ほど早く影響を受けるる。まず判断力、自制力、注意力等を失う。 これは、パイロットにとっては重要な飛行能力の低下を意味している。 更に、アルコールによって錯覚を起こしたり、酸素欠乏に対する耐性が弱化するために、飲酒や酩酊の状態で飛行作業を行なうことは、過去の例からしても、致命的な航空事故につなが ることが多い。 A 慢性アルコール中毒 慢性作用として、慢性胃炎、肝硬変、高血庄等を引き起こす。 特に精神活動が鈍化して、誇大妄想、指南力障害等の精神障害をきたす。 2.高度とアルコール血中濃度 オクラホマ航空医学研究所の実験によると、地上で飲酒して、血液100cc中のアルコール濃 度を50mgとした被験者を、減圧室で10,000フィートの高度と同じ気圧にまで減圧した場合には、 アルコール血中濃度は95mg/dlとなり、12,000フィートでは更に血中濃痩が倍増したと報告し ている。 すなわち、地上における飲酒よりも、高々度における飲酒の方が、少量でもよく酔うことがわかる。 4−3−8 薬剤の影響 1.パイロットと薬剤の使用 薬剤を使用しなければならない疾患が存在する場合には、パイロットは航空業務に従事することは不適当である。 服薬しながら、航空業務が可能である薬剤は、ごく一部のものでしかない。 例えば、痛風や甲状腺腫の薬、利尿剤の一部は、使用が許可されることがある。 しかし反対に、睡眠剤、抗ヒスタミン剤、精神安定剤、鎮痛剤、降圧剤等の服用は、業務に重大な影響を与えるために、その使用は厳しく制限されている。例えば、神経系統を抑制する事物 (鎮静剤、トランキライザー、抗ヒスタミン剤等)は、酸素欠乏に対する耐久性を弱める作用がある。 また、精神安定剤や、筋弛緩剤は、反射運動時間の延長を起こし、危険に村する回避操作が遅 れる。 更に、鎖静剤、血圧調整剤、乗物酔防止薬などは、判断力、記憶力、視力及び計算能力等を低 下させる。その他に、抗糖尿病剤も、低血糖を生じる危険があるために、使用を禁止されている。 薬剤の使用は、飛行安全上、次のような二重の危険を含んでいる。 @ 薬物治療を必要とする疾患の危険性 A 薬物治療が含んでいる危険性 2. 薬物の影響 薬物を使うことによって起こる影響は、次の4つがある。 @ 薬の主要効果 主として期待される、医学的な治療効果である。 A 副作用 薬の主要効果に付随している作用で、それが望ましくない効果をもたらす場合。 例えば、鎮静剤は患者を安静にさせる主要効果があるが、同時に注意力や判断力等を減退させるという副作用がある。 B 相乗作用 他の薬と一緒に服用すると、主要効果や副作用の性質が変化する場合をいう。 例えば、抗ヒスタミン剤を飲んで、その後でアルコールを飲用すると、ふつうの酒量よりずっと少ない量で酔ってしまう。 C 特異作用 人によって異なるが、薬品に特異な反応を示すことがある。 例えば、ペニシリンによるショック反応がある。また、薬品の作用には、個人差が大きいことも忘れてはならない。 3.薬効分類別薬理作用と飛行に村する影響は、表4−9のとおりである。 (日本操縦士協会、操縦士に影響を与える薬剤)による。 表4−9 薬効分類別薬理作用
4.飛行前に服用してはならない薬品 パイロットが飛行前に服用してはならない薬品の代表的なものを、6種類あげておく。 ネルボン、インダシン、ダンリッチ、 ブスコパン、レスタミン、バンサイン 以上の薬品は、自己診断で服用する例が多いが、服用した場合には少なくとも24時間は飛行してはならない。 ‘ ▲このページのTOPへ |